大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3214号 判決

原告 古市滝之助

右訴訟代理人弁護士 宮本康昭

被告 社団法人 東京銀行協会

右代表者理事 関正彦

〈ほか一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 奥野利一

同 稲葉隆

同 野村昌彦

主文

一  原告の被告らに対する地位確認の訴えを却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告らの間において、原告が昭和五三年六月一六日付の取引停止処分を受けていない地位を有することを確認する。

2  被告らは、原告に対し、連帯して、金一二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告社団法人東京銀行協会(以下被告銀行協会という。)は、東京地区に本店または支店を有する都市銀行等によって構成される団体で、定款の定めにより東京手形交換所を設置して、手形・小切手その他の証券の交換、決済、取引停止処分制度の運営その他の事業を行っている。

(二) 被告株式会社第一勧業銀行(以下被告第一勧業銀行という。)は、被告銀行協会の社員として右手形交換所の事業に参加する参加銀行(社員銀行)である。

2  取引停止処分

被告銀行協会は、原告が引受けをした別紙手形目録(一)(二)記載の為替手形について、昭和五三年五月三一日と同年六月一三日の二回にわたり原告が不渡りを出したとの理由で、同年六月一六日、原告に対し取引停止処分をした。

3  取引停止処分の違法性

(一) 被告銀行協会による取引停止処分は、手形交換所の事業に参加する全参加銀行に対し、取引停止処分を受けた日から二年間、取引停止処分を受けた者との間での当座勘定及び貸出の取引を禁ずるものであるところ、これは共通の利害関係を有する事業者が結合して第三者に対する取引拒絶を行うものであって、「ボイコット」と呼ばれるものにほかならず、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独禁法という。)第八条第一項第五号が事業者団体に対して禁じている「不公正な取引方法」(具体的には昭和二八年九月一日公正取引委員会告示一一号「不公正な取引方法」の第一号「不当な取引拒絶」)に該当するので違法である。

右告示の第一号「不当な取引拒絶」の趣旨が公正な競争を阻害することを要求するものとしても、手形取引が一般化している現代社会においてある者が手形取引を停止されるならば、その者が商取引に関し決定的に劣悪な地位に置かれ、重大な競争制限の効果を受けることは疑いがないのであるから、取引停止処分が自由、公正な競争の制限に該ることは明らかであり、取引停止処分が一面において信用取引の秩序維持を目的としているとしても、それは競争制限の性格を有することと何ら矛盾するものではない。また、事業者間の必要最小限度の自衛手段として、不正行為、背信行為の常習者の氏名を回報して注意喚起する程度にとどまる行為には前記の不当性がないと解しうるとしても、取引停止処分は単なる注意喚起ではなく取引の全面禁止を命ずるものであり、常習性の認定を要せず二回の不渡事由のみによって処分をし、かつ不渡りの理由が不正ないし背信的なものであるか否かを問わないのであるから、その不当性は明白というべきである。

(二) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律(以下適用除外法という。)第二条第三号イにより独禁法第八条の適用が除外されるのは、同法第二条第三号但書により、手形交換所の「固有な業務を遂行するのに必要な範囲」に限られているところ、手形交換所の「固有な業務」とは、手形・小切手の交換、決済をすることであり、取引停止処分はその「固有な業務」には含まれない。すなわち、手形交換所は一定地域内の手形・小切手の呈示及び決済を集団的に行うための場を提供するものにすぎず、その際に生じた不渡りの処理は持出銀行と支払銀行の相互間で行われるべきものであり、手形交換所は一切その責に任じないのであるから、手形交換所は不渡事故によって不利益や危険を負担することはない。取引停止処分は、個々の金融機関が手形不渡りに伴う危険の防止のために第三者たる支払義務者に対して共同制裁を行う必要から生まれた制度であって、従って、手形交換は手形交換所に本来予定された業務であるけれども、取引停止処分は手形交換とは無関係に、便宜的に手形交換所に与えられた業務であるにすぎない。手形交換所が明治年間から取引停止処分を行ってきたという歴史的沿革があるとしても、それによって本来的に付随的業務である取引停止処分の性格に変更を来たすものではない。このことは、欧米諸国において手形交換業務を行わない手形交換所は存在しない反面、取引停止処分を行うものが稀有に属することに照らしても明らかである。また手形交換所の業務から取引停止処分を除けば独禁法に抵触するおそれのある業務は他に存しないとの議論は誤解に基づくものである。すなわち、一定地域における手形・小切手の交換決済をすべて業者団体で設置した機関で行うことを強制し、かつ、その方法についても細目を定めて順守を要求することは、いずれも独禁法第八条第一項第一号の禁止行為に該当し、適用除外法の定めがなければ違法とされるべきことは明らかであるからである。

(三) 独禁法は強行法規であるから、これに違反する本件取引停止処分は、違法であると同時に無効である。

4  不渡事由の不存在と被告らの不法行為

別紙手形目録(二)記載の為替手形(以下本件手形という。)の満期は昭和五三年五月二〇日であるところ、右手形は同年六月一五日に呈示されたのであるから、これは呈示期間経過後の呈示であって、適法な支払呈示としての効力を有しないものである。

もっとも、右支払呈示がなされた際、本件手形の満期は当初の五月二〇日の記載が抹消され、欄外に「53.6.10」の記載がされており、振出人訴外東駒ベーシック清酒株式会社の代表取締役である訴外井上久寿男の印章によって訂正印が押捺されていたのであるが、これは原告のあずかり知らぬところである。そして、満期の記載は引受人によって訂正された場合はともかく、振出人の訂正印によって訂正されてもその効力を有しないことは明らかであるから、本件手形の満期は右訂正によって六月一〇日となったものではなく、そのことは手形の外観上明白であった。

そこで、本件手形の呈示は「呈示期間経過後」に該当すると同時に「変造」にも該当するところ、「変造」の理由によって不渡りとするためには原告において異議申立提供金を差し出さなければならず、これを免れようとすれば複雑な資料提供を要求される等のことから、原告は再三にわたり呈示期間経過を理由とする返却を求めたが、被告第一勧業銀行は頑としてこれに応じないので、やむを得ず変造による返却を求める旨述べて多少の日時の余裕を求めていた。

以上のとおり、本件手形は呈示期間経過後に呈示されたのであるから、東京手形交換所規則施行細則第七七条第一項によれば、被告第一勧業銀行は右手形を「呈示期間経過後」として返還すべきであったにもかかわらず、同被告は右義務に違反して「資金不足」の事由をもって本件手形を返還するとともに、手形交換所に対し右規則に定める第一号不渡届を提出し、被告第一勧業銀行から右不渡届を受けた被告銀行協会は、その不渡事由が東京手形交換所規則に適合しないことを直ちに認識することができ、従って不渡届に基づく取引停止処分をすべきでなかったのにこの義務を怠り、右不渡届に基づき、昭和五三年六月一六日、原告を取引停止処分に付した。

原告は、被告らの右共同不法行為により、次のとおり損害を蒙った。

(一) 逸失利益    金一〇〇〇万円

原告は、本件取引停止処分に至るまで年間金一〇〇〇万円を下らない収入を得ていたところ、本件取引停止処分によりその五割を下らない収入を減じ、右減収は取引停止処分を受けた二年間継続したので、逸失利益は合計金一〇〇〇万円を下るものではない。

(二) 慰謝料      金二〇〇万円

原告の蒙った名誉の失墜と精神的苦痛の慰謝料としては右金二〇〇万円が相当である。

5  上記のとおり本件取引停止処分は違法な制度に基づきなされたものであり、仮にそうでないとしても、本件取引停止処分は不渡事由がないのになされたものであるから無効である。

しかるに、原告は本件取引停止処分を原因として手形取引その他信用取引上の不利益を受けているので、原告は、被告らとの間で、原告が昭和五三年六月一六日付の取引停止処分を受けていない地位を有することの確認を求める。被告銀行協会が設置する個人信用情報センターは、取引停止処分の事実を五年間登録し、第三者の照会に応じてその事実を回答しているのであり、取引停止処分によって被処分者が蒙る手形取引その他信用取引上の不利益は、取引停止期間の満了によって消滅するものではないから、右のとおり確認を求める訴えの利益がある。

次に、原告は、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して金一二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五四年四月一九日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの本案前の主張

原告は昭和五三年六月一六日に取引停止処分を受けたのであるが、東京手形交換所規則第六二条第二項によれば、被告銀行協会に加盟している参加銀行が取引停止処分を受けた者との取引を禁止されるのは取引停止処分の日から二年間に限られるのであるから、右取引停止処分の効力は昭和五五年六月一五日の経過をもってすでに消滅している。してみると、原告の昭和五三年六月一六日付の取引停止処分を受けていないことの確認を求める訴えは、現在の権利ないし法律関係の確認を求める訴えではないから、確認の利益がない。

三  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。但し、別紙手形目録(二)記載の為替手形の満期が昭和五三年五月二〇日であるとの点は否認する。同手形の満期は同年六月一〇日である。

3  同3の主張は争う。

(一) 取引停止処分は、信用に不安のある不良取引者を排除することにより、手形・小切手による信用取引の秩序を維持するという公益的目的を有するものであり、公正な競争秩序の維持に役立ちこそすれ、これを阻害するものではないから、これをもって「不当な取引拒否」ということはできず、独禁法第八条第一項第五号には該当しない。

原告は公正取引委員会による一般指定第一項を指摘するが、同項は「ある事業者から不当に物資、資金その他の経済上の利益を供給せず、もしくは供給を制限すること」と定めているのであって、右にいう「不当」であるか否かは公正な競争を阻害するおそれがあるか否かによることは争いのないところであるから、独禁法上禁止される「ボイコット」とは、競争秩序の破壊を直接の目的として行う共同の取引拒否をいうのである。しかるに、取引停止処分によって手形交換所加盟銀行が取引を拒否する相手は信用を失った事業者にすぎず、これによってどの分野の競争秩序も破壊されることはなく、却って、取引停止処分制度が存在するからこそ不渡手形の乱発、横行が防止され、一般人は手形・小切手を信用し、安んじて取引をすることができるのである。要するに、取引停止処分は独禁法の目的とする競争秩序の維持とは全く関係がなく、独禁法上の「ボイコット」には該当しない。

(二) 適用除外法第二条第三号イにより、手形交換所の行う取引停止処分については独禁法第八条の適用が除外される。

すなわち、(1)同法第二条は旧事業者団体法第六条を継承した規定であるところ、同法の立法経過等を勘案すると、同条第一項第四号ロの手形交換所の固有の業務を遂行するに必要な範囲の中には取引停止処分が当然に含まれると解されること、(2)取引停止処分の制度は明治二七年以来一貫して手形交換所の事業として運営されてきており、旧事業者団体法及び適用除外法の立法当時も取引停止処分の存在は十分に認識されていたこと、(3)適用除外法第二条の文言をみるに、それは適用除外団体をあげており、団体の一定の行為を除外するものとは解されず、従って、手形交換所の従来からの活動を意図的に制限しようとするものではないことが明白であること、(4)取引停止処分が除外されないとすると、他に独禁法第八条に該当するとの疑義を生ずるような事業を営んでいない手形交換所を適用除外団体とする理由が全くないこと、などからすると、取引停止処分が手形交換所の「固有な業務を遂行するに必要な範囲」に含まれることは明らかであって、適用除外法第二条第三項但書によっても、取引停止処分が独禁法の適用除外の対象となることは明白である。

(三) 仮に取引停止処分が独禁法に違反するとしても、同法は、公正取引委員会が各個の行為の違法の程度を判断し、違法状態の具体的収拾、排除を図るに適した内容の勧告、差止命令等の弾力的措置をとることにより、その目的を達することを予定しているのであるから、同法に違反するからといって、その行為が直ちに私法上無効となるものではない。

4(一)  請求原因4の事実中、本件手形の満期が訂正されていたことは認めるが、その余は否認する。本件手形の満期訂正について引受人たる原告の訂正印が押捺されていなかったのは事実であるが、手形の記載文字の訂正につき押印を必要とするとの規定もないから、右訂正を無効として訂正前の昭和五三年五月二〇日を満期とすることはできない。手形要件の内容はすべて手形面の記載によって判断されるのであって、形式上訂正がなされている以上訂正された記載を手形要件の内容とみなすほかはない。もし、これが権限のない者による訂正であるとすれば、それは手形の変造となるので、原告としては変造を理由とする不渡届を提出すべきことを求め、かつ異議申立をすれば足りるのである。

(二) 本件手形の呈示を受けた被告第一勧業銀行亀戸支店は、その旨を原告に連絡し、その処理について指示を求めたところ、形式不備で返却するよう申出があったが、本件手形には形式不備はないことを伝えた。これに対し、原告から偽造を理由に返却するよう要望があったので、その手続をとったところ、当日夕刻になって原告より資金不足で返却してほしいとの強い要望があり、事実原告の当座には本件手形を決済する資金が不足していたので、被告第一勧業銀行は資金不足を理由に本件手形を返却し、第一号不渡届を被告銀行協会に提出した。

右の処理経過は訴外平弥一郎との間で折衝したものであるが、同訴外人は原告の経営する東駒ベーシック清酒株式会社の幹部職員であり、原告の銀行取引のすべてについて包括的に代理権を与えられ、銀行との折衝にあたっていた者であって、本件手形の処置についても原告から指示を受け、これに従って諸般の申出をしたものである。

仮に右訴外人が本件手形の処理について原告から代理権を与えられていなかったとしても、同人は従来から被告第一勧業銀行との間のすべての取引につき原告の代理人として事務処理にあたっていたこと、同人が原告の銀行届出印及びゴム印を持参したこと、事柄の性質上緊急に処理する必要があったことなどからすると、被告第一勧業銀行において同人に代理権があると信ずべき正当の理由があったというべきであるから、民法第一一〇条の表見代理の法理により、同人がなした不渡届出の承認は有効である。

(三) 東京手形交換所規則第六三条第一項によると、不渡届は支払銀行及び持出銀行が手形交換所に提出すべきものであり、適法な呈示でないことを理由とする不渡りについては不渡届を提出する必要がないものとされているところ、不渡届を提出する必要の有無はもっぱら支払銀行が判断するのであって、手形交換所に提出される不渡届には手形そのものは添付されていない。従って、被告銀行協会は不渡届に記載された不渡事由の真否を判断する立場にないのであるから、同被告が本件不渡届の適否に関し過失の責を問われる理由はない。

5  請求原因5の主張は争う。

四  被告らの主張に対する認否

被告第一勧業銀行の「資金不足」による不渡届の提出を原告が承認していたこと、右承認につき原告が訴外平弥一郎に代理権を与えたこと、同人について表見代理が成立することは、いずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一地位確認の請求について

一  請求原因1、2の事実は、別紙手形目録(二)の手形の満期の点を除いて当事者間に争いがない。

二  原告は、本件取引停止処分が無効であることを前提として、原告が「本件取引停止処分を受けていない地位」を有することの確認を求めるのに対し、被告らは右地位確認の訴えには法律上の利益がないと主張するので以下この点につき検討する。

取引停止処分がなされると、手形交換所加盟銀行はその日から起算して二年間取引停止処分を受けた者との信用取引を禁止される(東京手形交換所規則第六二条第二項)。かように、右処分の効力は二年間に限られるのであって、二年を経過した後に取引停止処分を受けた者との間で信用取引を行うか否かが各加盟銀行の自由な判断に委ねられることは一般の場合と同様である。

原告は、いったん取引停止処分がなされると、取引停止期間経過後も被告銀行協会が設置する個人信用情報センターは取引停止処分の事実を登録して第三者の照会に応じたり、更に加盟銀行は容易に信用取引に応じないのが実情であり、取引停止処分が与える影響は二年間にとどまるものではないと主張するが、たとえそのような事実が認められるとしても、被処分者に対する社会的評価の問題は取引停止処分による権利関係ないし法的地位とは区別されるべき事柄であって、事実上不利益を蒙ることがあることをもって取引停止処分の法律上の効果であるとすることはできない。

これを本件についてみると、原告が取引停止処分を受けたのは昭和五三年六月一六日であるから、同五五年六月一五日の経過をもって右処分が効力を失っていることは明らかである。

よって、本件地位確認の訴えは、帰するところ、本件取引停止処分が違法、無効であったとの過去の法律関係の確認を求めるにとどまるものであり、現在の権利または法律関係の確認を求めるものではないから、本件訴えは法律上の利益を欠くものとして却下を免れないというべきである。

第二損害賠償請求について

一  原告は、取引停止処分は独禁法第八条第一項第五号に該当し違法であると主張するが、適用除外法は、第二条第三号イにおいて、手形交換所の「固有な業務を遂行するに必要な範囲」の業務はこれを独禁法第八条の適用から除外しているので、まず取引停止処分は右適用除外の範囲に含まれるか否かの点を検討する。

東京手形交換所規則第二条によれば、同手形交換所は、(1)手形、小切手その他の有価証券の交換決済、(2)取引停止処分制度の運営、(3)手形交換に関する資料の収拾及び配布、(4)その他手形交換所の目的を達成するために必要な事業を行うものとされている。

右のうち、手形の交換は、一ヶ所において一定の日時に集中的に手形、小切手等を交換しあい、交換差額のみを清算決済することにより手形、小切手等の簡易、円滑な取立、決済をなすことを目的とするものであって、手形交換所の本質的かつ最も基本的な業務であることはいうまでもない。

これに対し、取引停止処分は、手形、小切手の不渡りを出した不良取引者を信用取引の場から一定期間排除することにより、直接、間接に不渡手形の乱発、横行を防止して手形、小切手取引の安全を確保し、その円滑な運用を担保することを目的とした制度である。

従って、手形交換を行わない手形交換所を想定できないのと異なり、取引停止処分は手形交換所にとって理論上絶対的に必要な制度ということはできないけれども、それは原告主張の如く単に金融機関の利益を図るための便宜的なものではなく、手形制度の信用維持という公益目的に資するものとして、手形交換業務と密接に関連し、相伴って重要な役割を果たしているものということができる。しかも、取引停止処分は独禁法及び適用除外法の制定前手形交換所の創設当時から行われ、我国経済界において定着した制度であることは顕著な事実である。

これらの点からすれば、取引停止処分制度の運用は適用除外法の前記法条にいう手形交換所の「固有な業務を遂行するに必要な範囲」の業務に含まれると解するのが相当である。

右のとおり、取引停止処分は適用除外法第二条第三号イにより独禁法第八条の適用を除外されるから、その余の点については検討するまでもなく、原告の前記主張は理由がない。

二  次に、原告は、本件手形には取引停止処分の原因となるべき不渡事由は存しないと主張するので、以下この点について検討する。

《証拠省略》によれば、本件手形は昭和五三年六月一三日被告第一勧業銀行亀戸支店に呈示され、被告第一勧業銀行から原告に照会したところ、原告の代理人である訴外平弥一郎より同日付書面をもって本件手形は満期欄が訂正されているから形式不備である、仮に形式が整っているとしても右手形は偽造されたものであるとの理由で返却を求められたが、右平は、同日夕刻になって改めて同日付書面で資金不足を理由として返却するよう要請し、しかも原告の当座には本件手形を決済するだけの資金が不足していたので、被告第一勧業銀行は直ちに資金不足を理由として本件手形を返却するとともに、東京手形交換所規則第六三条第一項に基づき、原告につき東京手形交換所に第一号不渡届を提出し、被告銀行協会は、これに応じ、昭和五三年六月一六日、原告を取引停止処分に付した事実を認めることができる。《証拠判断省略》

ところで、《証拠省略》によれば、本件手形の満期欄には、当初、「53.5.20」と記載されていたが、その後二本の横線を引いて抹消されたうえ、その上部に、「53.6.10」との記載が新たになされ、当該箇所に「井上」の押印がされている事実を認めることができる。

そこで、本件手形の満期をいつと見るべきかの問題であるが、手形は書面証券であり、その要件はまずその記載から判断すべきところ、本件手形においては、支払期日として、「53.5.20」との記載が抹消されたうえ、これにかえて、「53.6.10」との記載がなされていることは明らかであるから、このような場合に被告第一勧業銀行が本件手形の満期を昭和五三年六月一〇日とみたのは相当である。原告は、振出人欄と同一の「井上」の印影がある点を把え、元の記載を満期とみるべきであると主張するが、訂正印の有無は満期をいつとみるかの判断を左右するものではないというべきである。

してみると、本件手形の満期は昭和五三年六月一〇日なのであるから、同年六月一三日に適法な呈示がなされたということになり、かつ、本件全証拠によっても、原告が被告第一勧業銀行に対し被告銀行協会への異議申立手続をなすよう求めたという事実を認めることはできないのであるから、被告第一勧業銀行が本件手形につき東京手形交換所に不渡届を提出し、被告銀行協会がこれに応じて原告を取引停止処分に付した行為は、まさに東京手形交換所規則にのっとったものということができるのであって、被告らの行為にはいずれにせよ義務違反の点を見出すことはできない。

以上のとおりであって、その余の点については判断するまでもなく、原告の損害賠償請求には理由がないというべきである。(結論)

よって、原告の地位確認の請求については訴えを却下し、損害賠償請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 野﨑薫子 藤本久俊)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例